先日、三男くんの「食い初め」をした。
普段はミルクか母乳しか口にしていないのに
得体の知れない湯だこを吸わされてさぞかしビックリしたであろう。
今後、離乳食なんかを経て、それからは
「あ~、やっぱり日本食が一番やで!」なんて
日本に生まれた喜びをかみしめながら、様々な旨いもんを食べるのであろう。
いや、ほんと、日本食は最高やで!である。
なのに、なぜ世界三大〇〇とか日本食がはいってないのか不思議で仕方がない。
まず、おおまかなくくりで「日本食」はカットだ!
はあ~?誰や?言い出したヤツは?食べたこと無いんかい!である。
スープにいたっても「トムヤンクン」「ボルシチ」と「なんや知らん」なのだが、
全部食うたことないし、しかも、食べたいとも思わんし、
どない考えても「みそ汁」入らなアカンやろ!である。
「辛い」「甘い」「旨い」とかっていう表現通り越して「ほっとする」やぞ!だ。
珍味かて「キャビア」?「フォアグラ」?なんや「トリュフ」?
なんでやねん!ホルモンちゃうんかい!である。
で、まあ、謙虚な国の「日本」やから
「コラッ!なんで世界三大の中にワシんとこ入れてくれへんねん!」
なんて目くじらたててガチャガチャ怒鳴るようなことはせず、
「まあ、そない言いはるんやったら、そうちゃいまっか…。
まだまだ力不足でおま。精進させていただきまっさ」
ってな感じでおるっちゅうのがまたええねん、これが!だ。
で、ここからが本題。
ここ最近の価格破壊にはどこか危機感を感じている。
誰も旨いもん作ろうとせえへんのちゃうか?と…。
売れないから安く、安するから使いたくないもんを使う、
使いたくないもんを使うから美味しくない、美味しくないから二度と買わない…
の負のスパイラルになってまうんとちゃうか?である。
せっかく旨いもんだらけの日本やのに、このところ質の低下へ一直線だ。
ますます世界三大への道が遠のくばかり…。
子供たちの美味しい未来のためにも良い文化は残していきたいと切に思う。
最後に「世界三大美食都市」を綴って終わりにしよう。
「東京 京都 パリ」(ミシュランのえらいさん談)
しかも、続いて大阪 ニューヨークだそうだ。
なっ!そやろ!そやねん!そういうことやねん!である。
大阪が4番っちゅうのが腑に落ちんけど、まあ、ええ。
やっぱり日本食は最高やで!である。
2011/01/24
まあ、しかし、ええニュースが少なすぎる。
殺人事件、自殺、虐待、就職難…そんなんばっかりか!である。
うーん、人間っちゅうのは、なんちゅうの悪口が大好きやから
視聴率なんか考えると、そないなってまうんやろか?だ。
以前、誰かがええ記事ばかり載せた新聞を作ったんやけど、
すぐに廃刊したって話も聞いたことあるし…、しゃあないんかな?
いやいや…それにしたかて、多すぎるやろ…
なんて、悲壮感たっぷりでそんなことを考えているまさにその時
私の携帯電話がメールを受信した。
「出た!」との2文字半。
この2文字半には行間さえないものの
妻の母親としての苦労や苦悩、子供への愛などが簡単に読みとれる。
そう、次男の便のニュースだ。
私も父親として、こんなうれしいええニュースはない。
久しぶりのええニュースやないかい!である。
いやね、彼の度が過ぎるほどの頑固さにはほとほと参っている。
入院を一度経験してるにもかかわらず、
妻が考えたメニューを加減もせずに撥ね退けては
一心不乱に米のみを食べ続ける生粋の日本人を気取る彼。
たぶん、一生、「のりたま」だけで生きていけると思ってるに違いない。
そりゃあ、出えへんわ!だ。
なので、これはアカン!どないかせな!っちゅう意味で
こんなものを食べさせたのが功を奏したのかもしれない。

食物繊維たっぷりの雑穀のふりかけ。
効果があったのかどうかわからないが、
なんにせよ出たのでよかった。
次男よ、お米が大好きなのはええけど、そのふりかけで食えよ。
まあ、ほんまはバランスよく食べなアカンねんけど、
美味しそうにお米を食べるあんたの顔を見たら…やで。
結構、長かったからなー。
あー、よかった…。
2010/01/20
季節の変わり目であったり、お客様のご要望であったり、
店内に品揃えされる商品は結構な割合で様変わりしたりする。
新しく品揃えされる商品においては、
いち早くお客様にその存在を知っていただきたいものだ。
そのためには、目立つ場所にドーンッと陳列したり、販促物を掲げたり、
様々な手法をあーでもないこーでもない…つって頭をひねる。
で、今回注目したいのが「キャッチコピー」。
その言葉によって、すぐに売買が成立できたらそれに越したことはないが、
まあ、まず間違いなく稀なことであろう。
知ってもらう、覚えてもらう、これが目的となる。
「お口の恋人」「NO MUSIC NO LIFE」「いつかはクラウン」…
聞き覚えのあるものが、皆さんの頭の中にもあるはずだ。
で、ここからが本題。
つい先日、「美味しい和菓子を取り寄せて~な…」なんてことを
愛すべきおかあさんがおっしゃるもんだから
いろいろ探している中で「破れ饅頭」という商品に興味を持った。
宮崎県は延岡の名物、そう、虎屋さんの破れ饅頭だ。
それは、パンフレットに書かれた言葉にどこか惹かれた為なのだが、
「和菓子の命は餡」と書かれていて、その続けざまに、
「あ」で始まって「ん」で終わる ひらがなと同じだな…、と粋な名文句。
ほう、なんや、どういうこっちゃ!えらい意味深やないかい!である。
どこかハートをギュッとつかまれたその時、
つかまれるどころかハートを射抜かれた…。

誰や、考えたんは…!いいねぇ!なんか、いいねぇ~!である。
ええおっさんにもなり、恋という言葉を口にしなくなったせいか、
久しぶりのドストライク!ハマッた!である。
皆さんも熱いお茶といっしょにおひとつどうぞ。
あっ、そう、そう、甘酸っぱくはないっす。
そこは関係ないっす。
2011/01/08
いや~、明けましたね、スカッとね。
新年あけましておめでとうございます!である。
昨年は寅年で「俺の年や!」なんて思ってましたが、
いやいや…、激動の一年というか、むちゃくちゃな一年というか、
それはもう、ひっちゃかめっちゃかで
「♪人生はワンツーパンチ…ってこのことか!」って体感した。
お世話になりました愛すべきおかあさん方々、ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!である。
さて、新年といえば、そう、初詣。
店の前にある「神明神社」へは、毎日参拝させていただいているが、
1月1日というのは、なんちゅうの、なんか、やはり違う。
なにより、いつもと違うのは小僧が3人もついてきてるということ。
「おまえら、落ち着かんかい!ちょっとはじっとせえ!」
あれだけ毎日お参りして聞こえなかった神の声が
初詣で初めて聞こえたような気がする。
彼らは、なんのこっちゃさっぱりわからんまま
言われた通りに事を進めているだけと思うが、
まあ、なんにせよ、
なにかにひざまずく、頭を下げるというのは大切なことだ。
それが、キリスト教なのか仏教なのか、とか細かいことは置いといて
人間っちゅうやつは、ちょっと油断でもしたもんなら
謙虚でなくなり、素直でなくなり、ふんぞり返ってしまいがち…。
私においても冒頭で「俺の年や!」なんて綴っていたが、
神さんからいわしたら「おまえがなんぼのもんじゃい!」である。
「寅年生まれいうだけで、何を根拠にぬかしとんねん!
おのれだけやあるかい!みんなの年じゃ!」である。
日本には昔っからええ文化がある。
「お天道様は見てるぞ!」的なやつ。
まあ、しかし、きっちり見とるんやろな!って感じがする。
じゃないと、ほんまに頑張っている人が報われない。
まだまだ厳しい経済状況が続きそうなので、
「お~、あいつ、頑張っとるな…、んっ?こいつも頑張っとるしな…」
なんて、今年一年も神さんは忙しい日が続くのであろう。
神さん、地域の愛すべきおかあさん方々のお役に立てますよう
頑張ってまいりますので、よう見とったってください!
と、誓いをたてた新年の朝の話である。
で、息子よ、お正月にしたオセロやけど、
おまえ、2回続けてやったのを見逃してないからな…。
天網恢恢疎にしてもらさず!や。
勝ちたいからって、インチキはアカンぞ、インチキは。
2011/01/05
いや、まいった…。
36年間生きてきて、これほど早かった一年はなかった。
前半は、開店準備に追われる毎日。
初めての出店で常に頭ん中がこんがらがってて
絡まりあってて、散らかっていて、全然整理する間がないのに
一日一日が、そりゃあもう、えげつないスピードで過ぎていく。
あまりのスピードに
「えっ?今日って何月やった?」って聞かんと追いつかなかった。
で、まさかのハーフタイム無しでの後半突入。
しかも、新しい地での営業という意味では
審判も対戦相手も変わり、サポーターの応援は極々わずか…。
頭を切り替えていかなければいけないのに
人間、そう簡単には変われない…。
そんな状況なわけだから、一日一日が、そりゃあもう…である。
「えっ?月曜日って何月やった?」ってなってた。
まあ、でも、これほど勉強になった一年はなかったともいえる。
今までこんなにも盲目やったんやな、と痛感する一年であった。
ビジネスとか商売とか、そんなもんではなく、
店の存在価値は?仕事をする意味は?生きるとは?…
えらいええ格好して綴っているように思えるであろうが、
なんや哲学的というか、えらい深いことまで考えたりもした。
うーん、本当はもっともっと綴りたいことは山ほどあるが、
♪ルールールー 言葉にできなーい…である。
っていうか、眠たい…。
とにかく、はっきりしていることは
目の前のたったひとりの愛すべきおかあさんに喜んでいただくこと。
それ以上もそれ以下もない。
ただただそれに尽きる。
いっぺんにはなかなかできない。
ひとつひとつ心の花を咲かせるだけである。
いや、本当に、今年一年はお世話になりました。
まだまだ至らないことだらけで、ご迷惑をおかけすることばかりですが、
必死のパッチでスタッフ一同頑張ってまいりますので
どうぞ来年もひとつよろしくお願い申し上げます。
そして、来年もまた、愛すべきおかあさん方にとって
良き年でありますよう心より祈念いたしております。
2010/12/28
いよいよ今年も残すところあと…ってところまできている。
日々ご来店されている愛すべきおかあさん方々へ
御礼申し上げる前に
この場をお借りして
まずは問屋さん並びに各メーカーさんに…
っていうか、そのお取引様で働く企業戦士の方々、そう、営業マンに
心の底より「おおきに!」とお礼申し上げたい。
もちろん、企業対企業なので利害関係にあるのは当然なのだが、
なんちゅうんかな、いやね、なんかね、この年末のときなんか特にね
「なんやかんやいうても、人対人やな~!」なんて思ったりするのだ。
お互い企業に利益をもたらす働きをし、企業を通じて国家社会に貢献する…
そのようなルールにのっとった上でお互いの関係を深めていくのだが、
いやいや…、とりあえず、年末は肩書きなんかとっぱらって
「ひとりの人間としてどうやねん?」「今年1年どないやった?」
が問われているように思えてならない。
そういう意味で、今年もええ関係で仕事させていただいたな…と。
本当にお取引様に恵まれているな…と、感慨深くなるのだ。
一人一人お礼申し上げなければならないのだが、
全員が全員に申し上げることができないかと思うので
ブログ上で申し訳ないんやけども
「とにかく、俺の想いを…」とキーボードをたたいている次第だ。
三方善しを柱に毎日毎日頑張ってるつもりやけど、
ほんまにそれができているのか?と自問自答することが多い。
おのれんとこだけが儲かればええやないか!
なんて、思ったりしてないやろな!とかね。
まあ、なんとか、今年も三方善しをまずまず実践できたかな…
ってな感じではある、なんとなく感じはね…。
ただ、それはお取引様に対してであって
お客様とはどうやねん?である。
それは、今年も残すところあと…の期間で問われるのだ。
新しい店はまだオープンして数ヶ月なので
今年最後の通信簿は最高のもんをいただけないかもしれない。
いや、いただけないであろう。
だって、そりゃあ、初めての出店で、それはもう、
皆様には多大なるご迷惑をおかけした。
残すところあと…は、可能な限りお客様の声に応えていく所存である。
まずはクリスマス。
サンタに化けてますので、なんなりとお声をおかけください。
2010/12/21
本日は、朝から一日中の雨。
さすがにこれだけ降ると、お客様の足が遠のくのは仕方がない。
そんななか、わざわざ全身フルカッパでご来店の愛すべきおかあさん。
自転車を運転する様は、「自転車で綱渡り!堺新記録に挑む!」である。
ちょっ、ちょっと…、フラフラやん。危ない、危ない…だ。
く~!愛すべきおかあさん、心の底から感謝いたしております!である。
さて、ビジネスの観点からすると、
できれば、ず~と晴れの方がいいんだけど
私自身、好き!までは至らないものの雨はそんなに嫌いではない。
なんか、綺麗になった感が気持ちいい。
空気中のなんかやなヤツとか、地面にいるなんかやなヤツとか
仕事であったなんかやなこととか、すべて水に流してくれそうで…。
なので、よほどでない限り、傘をささない。
自然を受け入れるというのであろうか、肩をすぼめて歩くのが気持ちいいのだ。
で、特に冬の雨が好きな理由がある。
静電気を恐れなくていい!ということだ。
私は、自分だけがそう思ってることかもしれないが、
人より確実に電気を帯びている、間違いない。
まだ本気を出していないが、本気を出せば
「かめはめ波」を打てると信じてやまない。
そんな電気マンの電源をOFFにしてくれるのが雨だ。
あ~、たまにの雨はやっぱりええわ!
私のブログ更新が遅れたこともすべて水に流してくれた…。
…そういえば、私の子と思えないほど、次男は雨が嫌いだ。
雨というより、濡れることを一切嫌う。
ちょっと服とかが濡れただけで「ビショビショや…」と着替えを強要する。
非常に面倒くさいやつだ。
しかも、私は打てるというのに「かめはめ波」もろくに言えない。
「おとうさん、ちゃうで!かめかめ波~!やで」と。
次男よ、おかあさんにちゃんと教えてもらえ。
おかあさんはな、あんたも含めて3人の面倒みてるやろ。
その3人が同時にトラブルを起こすとするやないか、
ほんならな、髪の毛逆立ってスーパーサイヤ人にもなれるんやで。
気をつけろよ、手に負えんぞ。
2010/12/13
「運がええわ!」
ラッキーがひょんなところから転がり落ちてきたときに
こんなことをよく言ったりする。
さて、「運」の定義とは?
その人の意思や努力ではどうにもならないようなめぐり合わせ・・・とか。
一般的にはそうかもしれないが、人の考え方で様々である。
「あ~、今ので残りの運を全部使っちまった!」
これは、人の運の量は皆だいたい同じって考え方。
他には、生まれた瞬間にその人の運的なものが決定していて
この日のこの時間に生まれた人は、統計的にはだいたいこんな感じ…
ってな具合の運に支配されている考え方もある。
まあ、確かに、日本人に生まれた時点で地球レベルでは絶対的に運がええ!
と、認識せざるをえない。
相反して「俺は運がええねん!」と引っ張り込む派。
これは、ポジティブシンキングで
「運みたいなもんは引き寄せなアカンで!引き寄せな」と熱い心の持ち主。
もちろん、人知れずハンパやない努力の裏づけがあって初めて成立する。
私は、常々「陰徳」を重ねると、「運がええ人」になれると信じてやまない。
誰も見てないところで徳を重ねてると
お天道様が「ワシはちゃんと見てるで」と運をプレゼントしてくれるのだ。
まず、間違いない!本日、確信した!
いやね、ちょっと店に居残って仕事をしてたんだけど、
なんや急に甘党の血が暴れだすもんだから、アイスを食べたのだ、アイスを。
眠たくもなってきたので、「ガリガリ君」でシャキッとしようと…ね。
で、結果、今日は眠れないのでは…って出来事が…。

当たった…、1本。
前回の記憶がないぐらい久しぶりに当たった…。
何年かぶりに食べた「ガリガリ君」でだ、
しかも、冷凍ケースの中に何本もあるなかのうちのだ、
普通、この1本を引くか!である。
運がええとか悪いとか、そんなもんを超越する、そう、奇跡!
♪明日、今日よりも好きに…である。
36年間の陰徳がリセットされた。
たぶん、朝、拾ったゴミがマリオで例えると100個目のコインだったのだ。
※思わぬ出来事にホームページの更新よりも先になったことをお許しください。
明日、変更されます…。
2010/12/01
自動車やら家電やらになんか補助金やらポイントやら言うてますけど…
わしらには何も無しかい!である。
まあ、百歩譲ってそれはええとしよう!地デジが始まるみたいやし…。
ただ、そっち(輸出も含め)ばっかり気にして
農家さんとかほったらかしにせんといたってや…である。
お米の問屋さんに話を聞くと、農家さんの悲壮感がハンパやない。
我々も人事やないし…。
ほんでも、色々と決めはるえらいさんからしたら
「いや、わしらも大変やねんで…」なんて言いはるんやろな~。
まあ、そやろな~、えらい決断迫られとるしな~である。
先人たちが、もっと豊かに!もっと便利に!って
頑張ってくれはったんやけど、
それに振り回されている我々。
ぎょうさん作ってぎょうさん売る!
確かにそうかもしれんけど…
…ってなことをなんとなく思ったお昼過ぎ、愛すべきおかあさんがご来店。
「にいちゃん、来たで~」
わはは…、ええわ~!この関西丸だしの挨拶!
「お~、まいどです!お久しぶりです」
「にいちゃん、あんた、まだ柿を飾ってたやろ?変えや!」
お寿司を販売するケースの上に飾っていた季節をイメージするオブジェのこと。
「あ~、すんません!ほんまやね~。クリスマスにせなアカンわな~」
「クリスマスもそうやけど、ほれ、持ってきたで~」
かばんから出てきたのは、そう、おミカン。
飾っときや!と、わざわざ持ってきてくれた。
「冬や!冬!冬いうたらミカンや!」だそうだ。
まあ、なんというか、ええお客様に支えられている。
っていうか、ほんわかしてる!のほほ~んと。
この世知辛い世の中。
変えるのは、愛すべきおかあさんやな!である。
いつの時代も、やはり女性である。
2010/11/27
言葉で自分の意思を伝えることは、こんなにも難しいのか?
なんて思ったことは、誰しも思ったことがあるはずだ。
新しい店には、外国の方もちょいちょいいらっしゃって
先日も「どっちのコーヒーが旨いのか?」を説明する場面に出くわし、
「あ~、ディスワン スメルがヘビー!こっちは、マイルド テイスト…」
なんて、ところどころ日本語を交えながら四苦八苦するも
さっぱりわからんって顔で「OK!あなたならどっちを選ぶ?」
と半ばあきらめて聞いてくるもんだから、
「なにを~、ここは日本やぞ~」って魂に火がついて
「それよりも、僕はいつもコレ!」
と、まさかの3つ目をオススメさせていただき、
「YOU ARE FUNY GUY!HAHAHA…」と喜んで帰ってはくれたが、
英語とかもっと勉強しとけばよかった…である。
英語ならともかく、日本人同士でも伝わらないことだってある。
関西弁だ。
高校は千葉県にいたので、そんなことは日常茶飯事。
後輩へ「それ(ゴミっぽいもの)、ほっといてな!」という指示を残し、部活動へ。
で、帰ってきたら、そのまんまきっちり放っておいてくれているのだ、几帳面に。
プレイか!である。
捨てるや、捨てる!だいたい見た感じゴミやねんから、ほれよ!である。
いやね、なぜ、こんな話になったのかというと、長男がやらかしてきたのだ。
来年から小学校へ入学するにあたり、目の検査があったそうなのだが、
どうも納得のいかない結果に、妻はもう一度確認する為にも
家で「目の検査ゲームしよか?」と紙に「C」を書き、彼を誘った。
どうか間違いであってくれ!と願う妻の意に反するかごとく
「C」をどこに向けても上ばっかりを指差す息子。
回数を増すごとに不安が募っていくばかりだが、ある疑問が浮上した。
こいつ、上しか指差さへんやん?である。
「なあ、ほんまに見えてへんの?Cの方向やで」
「えっ?そうなん?わはは…」と笑いだす息子。
「その紙からおかあさんの顔がどこから出てるか?と思ってた」と…。
なんでやねん!である。
「C」はどこいってん、なんのための「C」や!である。
先生からどんな説明を受けたら、そう思えんねん!である。
目が悪くないのがわかってよかったが、
頭が悪いのではないか?と、新たな問題を抱えた次第だ。
息子よ、俺の子やから、そない頭はええことないと思うけどや…。
まあ、元気やったらええわ…。
頑張れよ、国語の勉強。
2010/11/06
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