52.
どうしたものか…ブログを更新できずにいる。
はじめて挑戦した飲食業に四苦八苦するなか
もちろん、スーパーマーケットを無視できるわけもなく
慣れない仕事が大切な時間を削っていきよる。
ただ、これだけはどうしても綴っておかなければ…って
時間を捻出することに尽力したんだけど、力及ばず
今回の更新がだいぶ遅れて今に至った次第である。
いやね、人には寿命があるわけだから、時間=命ってなる。
ということはだ、時間をうまく使えていないのは
命を粗末にすることと同じで…はない…か…
なんて、がちゃがちゃ前置きしている暇はない。
さっそく本題。
えーっと、ま、その、先日ね、誕生日で、ええ。
52歳である。
いや、知らんがな!は、百も承知なんだけど、うーん…
年甲斐もなく嬉しいからね、どうしても綴っておきたい。
しかし、まあ、なんつうの、1年のスピードたるや…
特に今年はえげつなかった、えぇ、もう?である。
気分が高揚したり、病んだりと心が乱高下して
ぐちゃぐちゃな毎日をなんとか乗り切っていたからだろう。
で、初挑戦した激動の一年で大きく変わったことがいくつかある。
まず、心や気持ちが年齢とともに重ねるどころか
幼児化しているっつうか、若くなったような…。
もうね、上半身裸になって首を縦に振り倒し、
♬あれもしたい これもしたい もっとしたいもっともっとしたい…
なんて、シャウトしながらあんま意味とか考えずに
目の前のことに夢中になっている。
それは、子供が「鬼ごっこ」とかいう何の生産性もない遊びに
時間も忘れて永遠に追いかけ回す…あんな感じだ。
自分で「いや、もう若くないんだから…」とか言い聞かせないと
はじめて仕事をした20代の感覚にでもなったような…
ちょっと、ヤバいな…である。
あと、「なんやかんやいうても最後は自分」っつう店名の
「自分」の概念が、さらに深く深く落とし込めた気がする。
時間がないとか、大変やとか簡単にぼやいてるけど、
その道を選んだんは誰や?言うたら、他の誰でもない
ビックリするぐらい自分なわけ。
せやったら…がちゃがちゃ言うな!である。
ほんでもって、自分の「自」が個性とか個人の意味で
「分」ってのが「何かの一部分」の「分」って意味のやつ。
私なんて、まあぁぁ…ただ何かの一部分にすぎないのだ。
その感覚と「自己」がくっついて、はじめて「自分」が成立する。
そんな風に考えると何が生まれるかって?「感謝」である。
あの人がおらんかったら…この出会いがなかったら…
あの環境がなかったら…この時代やなかったら…
言い出したらキリがないぐらい
今の「自分」って…うーん、ほんまにありがたい。
アカン!こんな時間だ、この辺にしておこう。
とにかく、心は若くても身体や髪の毛はすっかり「52」。
忘れないためにも背中に52を背負って
♬限られた時間のなかで借り物の時間のなかで
本物の夢を見られるように頑張っていきたい。

2026/04/24
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